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もうすぐ 創業90年!

1927~2017

当店も、もうすぐ90年になります。3代目の現店主が語る

「90年のあゆみ」をすこしずつご紹介します。

★1897年、長兄の跡を継いだ曽祖父は羅臼で海産物を扱い

日露戦争が終わってからは千島との流通を担い 廻漕業もしておりました。

名鑑1911年の根室千島実業家名鑑より

★1922年、曽祖父の急死により弱冠19歳だった祖父は

親の仕事を継ぐには力がなく、事業をたたみました

親戚のお菓子屋を頼って大阪に出た祖父は、ここで菓子屋の道へ

嘉男のレシピ

祖父の修行時代のレシピーノート

★1927年、札幌に来た祖父は、山鼻の「西屯田」で煎餅作りから

菓子屋を始めました。屋号は修行した店の名をいただいて

「八千代堂」としました。

山鼻地図

昭和初期の山鼻の絵地図(部分)

当店の最中の菓子名にもなっている「お声かかりの柏の木」も描かれています。

煎餅焼 鉄製の煎餅焼の道具

この中へたね(生地)を入れて一枚づつ焼きました

店頭の曾祖母

★1929年現在地に移転 店頭の曾祖母

看板の文字は右から左へ 1930年頃(時代を感じます)

★1940年、日中戦争の拡大により物資が不足して砂糖が

統制品となりました。そこで、近所の菓子店7軒で共同作

業所「新生製菓所」を造ってしのいでいましたが、太平洋

戦争の始まった年には配給も止まり休業しました。

警防団

戦争中、町内の警防団姿の祖父

全ては配給の時代、店はパンや煙草の配給所 になりました。

★1951年統制は解除され自由にお菓子が作られるようになりました。

20年代 当時の店舗

甘いお菓子が少なかった頃、最中が人気商品に。

壺最中、菊最中が有名でした。当店の商品は

お声がかりの柏に因んで「かしわ最中」にしました。

monaka.jpg

★ 1955年頃、まだ「量り売り」のお菓子がたくさんならんでいました。

1955年店内

★ 1958年 北海道博覧会では菓子パピリオンが造られて

菓子博

工芸菓子などが飾られました

菓子博2

宣伝パレードの車列 左は今はない「オート三輪」

★ 民芸調の大看板を掲げた1961年の店舗

1960年店舗

60年代作業 60年代工場

当時の製造作業              製餡設備と蒸し機

★1965年、9条通り拡幅の ためビルに

74店

二階に喫茶店を設けた1974年の店舗

1974店内

洋菓子も並べた店内と20代の現店主

道新2016

つづく

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